星祭り(1/3)



星祭り


 気がつくと、真夜(まよ) は暗闇の中にただ一人立ち尽くしていた。墨 を流したような真っ黒な闇に囲まれ、まったき孤独のなかに置かれて いるのだ。
 困惑したときの無意識の癖として頬に手を当てようとして、真夜は 闇の中にもかかわらず自らの手が見えることに気がついた。
 視線を落としていくと、パジャマの胸元、ズボン、そしてその裾から 覗いた白い素足が見える。
 光のない中で何故見えるのだろう?
 そんな疑問が浮かんだが、すぐに押し寄せる孤立感によって追い やられる。
 いったいここはどこなんだろう?
 心細さと不安にかられ、真夜は周囲を見回した。真っ暗な闇に包ま れた空間を手さぐりするが、なにもない。
 意を決して一歩足を踏み出した。
  おそるおそる歩きはじめる。
 足元に床があるかも怪しかったがとりあえず落とし穴に落ちるとい うこともなかった。
 肝を据えてさらに歩を進める。しかし周囲はあいかわらずの黒一色 で変化もなにもない。どのくらい進んだのか距離的にも時間的にも測 りようがなかった。
「ああもう」
  嘆息すると、真夜は頭を振った。
  そして、えい、とばかりに思い切って駆けだす。無謀とも思えたが、 一刻も早くここから抜け出したかったのだ。
 上も下も前後左右も定かでない闇のなかを走りつづける。どのくら い進んだのか、どこへ向かっているのかもわからない。どこまでいっ ても闇のなかだ。まさに悪夢としかいいようがない。
(夢? そうか。これは夢なんだ)
 どこまで行っても闇から抜け出せない。もどかしさに心をかきむしら れ、真夜はさらに速度を上げようとした。悪夢を振り切ろうと、早く目 が覚めればいいのにと念じながら。
 聞こえるのは自らの呼吸音だけだ。それが段々荒くなる。
  息が、切れてきた。
(なんで? 夢なのに)
 そんな気がするだけかもしれないと、さらに走りつづけようとした。 が、足取りは次第に重くなり、ついに一歩も進めなくなってしまった。
「ああもう。なんなのよ」
 真夜は闇の中でがっくりと膝をつき、大きく喘いだ。
「もういや。誰かいないの?」
 すると、真夜の言葉に応えるかのように闇の中に茫と白い影が現 れた。それが少しずつ大きくなり、こちらに近づいてくる。
 真夜は目を凝らしそれを見つめた。影は人の形をしている。
  銀色の髪をした青年──。真夜の目の前までくるとその人物は足 を止めた。
 青年は、惚けたように見上げる真夜に手を差し出した。
 一瞬戸惑ったが、真夜はためらいがちに腕をあげその手を取っ た。温かいのか冷たいのかわからない不思議な感触が手を包み込 む。青年は指先に力を籠めると真夜の身体を一気に引き起こした。
 立ち上がっても青年のほうが背が高いので幾分見上げる恰好にな る。真夜はじっとその顔を見つめた。冷たく端正な面差し、肌は雪の ように白く、瞳は深い青。空の色を映したのではなく宝石のような神 秘的な光を湛えている。
「だれ?」
 真夜は尋ねた。
「夢男(ゆめお) ですよ」
「夢男?」
「そう。女王さまのご命令であなたを迎えにきたのです」
「女王さま? 迎えにきた?」
 真夜はオウムのように相手の言葉を繰り返した。
 何がどうなっているのかさっぱりとわからないが、夢なんて訳のわ からないことのほうが多いのだから仕方がない。そう納得すると真夜 は尋ねた。
「どこへ行くの?」
 迎えにきたというからには目的地があるのだろう。
「星都にある銀星宮です。今夜は年に一度の大切な星祭りが行われ るのです。あなたも招待されているのですよ。ちゃんと招待状が届い たでしょう」
「招待状?」
 真夜は眉をひそめた。そんなものは受け取っていないと言おうとし て、脳裏に閃くものがあった。
「まさか、あれ?」
  今朝、郵便受けに入っていた白い封筒のことが浮かんだのだ。宛 て名も差出人の名前もなく、開封してみるとやはり何も書かれていな い真っ白いカードが一枚入っているだけだった。
 誰かの悪戯だろう。世の中には訳の分からないことをする暇人が いるものだ。そう思って屑籠に放り込もうとしたが思いなおし、机の上 に放り出しておいた。
 それが、日が暮れてから何気なく見ると真白い封筒の上に何やら 銀色の記号とおぼしきものが浮き上がっている。不審に思って中の カードを取り出すと、やはり訳のわからない☆型の象形文字のような ものが並んでいた。
 真夜はそばらくその銀色の「文字」を見ていたが、そのまま眠ってし まったのだ。
「だって、何も書いてなかったわよ。夜になると変な記号が現れてた けど」
「星文字は日が暮れてから現れるものなのです」
 夢男は当然のことのように言う。
「そんなこと言ったって、私は星文字なんて知らないもの。読めるわ けないじゃない」
 つい口調が弁解めいてしまうのが面白くなかった。
 真夜は気を取り直すように言った。
「これは夢なんでしょ」
「夢と思いたければそれでもかまいません。でもこれも一つの現実で す」
 よくわからないが、何だか面白そうだ。ここまできたらこの後何が起 こるのかぜひ見てみたい。つい先程まで闇の中で心細い思いをして いたことなどどこかに吹き飛んでしまった。
「行きましょうか」
 夢男の言葉に真夜はこっくりとうなずいた。
 しかし夢男はまったく動く気配を見せない。不審に思って尋ねた。
「どうしたの? いかないの? まさか道を忘れたんじゃないでしょう ね」
「それはあなた自身で探さなくてはなりません」
「え?」
「誰も自分で見つけることができなければ、銀星宮へ行くことは許さ れません」
「だけど、私は招待されたんでしょ?」
「それとこれとは別です。あなたが自分で道を見つけられないかぎ り、銀星宮へ行くことはできません」
 そんな無茶な──。抗議の口を開きかける真夜の気勢を削ぐよう に、夢男は促した。
「さあ、見てごらんなさい」
 真夜は不満げに夢男を見上げた。
「ケチ」
 つぶやくと小さく肩を竦め、闇を見据えた。ここでぐずぐずしていて も仕方がない。
 じっと目を凝らす。が、何も見えてこない。
(うーん、思い込みで見えるようになるとか?)
  その横で夢男はただ黙って寄り添うように立っている。
 落ちつかない気持ちを抑え、真夜はさらに目を凝らした。
  長いこと闇を見つめていると目が空洞になったような気がしてくる。
 一向に何も見えてこない。
 真夜は段々焦ってきた。
 同時に、夢男が怒って真夜を見捨てて行ってしまったらどうしよう、 そうなったらどうやってここから抜け出していいのかわからないといっ た不安がもたげてくる。
(いけないいけない。雑念を払わなくちゃ)
 真夜は目を閉じた。瞼の裏には同じような闇が広がっている。
(えーと、私は銀星宮へ行きたい……)
  じっと心を集中させる。
 と──遠くに白く輝く点が現れた。それは輝線を引いてこちらへ向 かってくる。まるで光の反物を投げて寄越したみたいだ。
 それは真夜の足元まで届いた。
「見えた!」
 叫ぶように言うと、目を開けて夢男の顔を見た。
 と同時に、まわりの様子が一変していた。
 闇は払拭され、真夜はきらびやかな装束の男女が笑いさざめく宮 殿の庭に立っていた。







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