星祭り(2/3)




「ここが銀星宮です」
 呆気にとられる真夜の耳に夢男の言葉が聞こえた。
 もの問いたげな真夜に向かって夢男は片方の眉をあげて見せる。
「道さえわかれば、あとは簡単なんですよ」
(そんなものなのか)
 真夜はあらためて周囲を見渡した。
 まるで仮装パーティだった。人々は雑多な衣装を身にまとってい た。目に入っただけでも古代エジプト風、ギリシャ・ローマ風、フランス 宮廷風、中華風、万葉調……といった具合だ。
 ここにいる人々は皆どうも尋常な人間ではなさそうだった。どの人も 丈高く、その身体は血肉でできているというより大理石や不可視の物 質が一時的に顕現したかのように硬質で、きらきらしかった。
  尋常でないといえば、庭の樹木も草花も宝石のように光を発してい る。空は日没直後の空のように、透明な深い青色をしているが、星 は出ていない。
 そんなふうにしばらく物珍しげに周囲を見回していたが、やがて真 夜は自分が好奇の視線にさらされているのに気がついた。
 貴婦人がふたり真夜にちらちらと視線を投げかけては扇の陰で何 かひそひそと話をしている。
 ひどく気詰まりだった。
「さあ、女王さまがお待ちです」
 そういって夢男が誘うが、真夜は自分がパジャマ姿であることに思 い当たり、急に恥ずかしくなった。
「どうしたんです?」
 困惑して立ちすくむ真夜に夢男が尋ねる。
「だって、私、パジャマのまま──」
「かまいませんよ」
「私がかまうの!」
 皆てんでバラバラ、好き勝手な服装をしているのだから一人くらい パジャマ姿の者がいたってかまわないだろうが、これでも真夜は一応 若い女の子なのだ。なにより他の人々が着飾っている中ひとりだけこ んな姿では居心地が悪い。
 真夜の戸惑いを見て取ると、夢男は近くのテーブルからシャンパン グラスを一つ取り上げ、差し出した。
「お飲みなさい」
「?」
 真夜はグラスを受け取った。
(酔っぱらって恥も外聞もなくせとでもいうつもり?)
 視線で促され、真夜はグラスを持ち上げ口元に近づけた。中身は 無色透明の液体で匂いもない。細かく砕いた氷のようなものが底の ほうでキラキラ光っている。
 少しためらった後、一口含んだ。
「もっと一気に」
 夢男の言葉に従って真夜はその液体を全部飲み干した。甘くも苦く もなく何かほっと心をなごませるような、そういう味だった。
「一回りして」
「こう?」
 言われたとおりその場でくるりと回ってみせる。真夜の身体から光 の粒子が滲みだし、全身を包み込む。
 それが消えさると真夜は純白のドレスを纏っていた。
(えーっ!?)
 真夜は目を瞠った。驚いてドレスの胸元やベルのように膨らんだス カートに触れてみる。滑らかな絹の感触が指先から伝わってくる。
「さあ、行きましょう」
 そういって夢男は宮殿に向かって歩きはじめる。真夜はあわてて後 を追ったがドレスの裾を踏んで前につんのめった。
「うわっ!」
 思わず前を歩いていた夢男にすがりつく。
「──ごめん」
 夢男はちらっと冷やかな視線を向けたが、すぐにかまわず歩きだし た。
 真夜はきまり悪げに俯くと、スカートを摘んで後に続いた。クリスタ ルの階段を上がるときにはドレスの裾を膝までたくし上げていた。
 夢男が呆れているのがわかるが、真夜は思い立って尋ねた。
「さっき私が飲んだの何なの?」
「あれは星屑ですよ」
「星屑?」
 それ以上は答えず夢男はずんずん先に進んでいく。
 宮殿の中は眩いばかりの光に溢れていたが、それがどこから来て いるのかは不明だった。天井にも壁にも照明の類、松明の一本も見 当たらない。
 大理石の床、クリスタルの柱が両脇に立ち並ぶ長い廊下を抜ける と大広間に出た。
 正面に据えられた玉座に女王が腰を下ろしていた。たおやかだが 堂々としたたたずまいの女性だった。黄金色の髪と透き通るように白 く整った面差しに真紅のドレスがよく映えている。
 夢男は女王に恭しく礼をした。
「客人をお連れしました」
「ご苦労でした」
 夢男は再び身体を折り曲げると、そのまま後ろへ下がった。
 夢男が視界から消え去ると、女王は真夜に向かって微笑みかけ た。
「よく来られました」
「あ、はい。お招きいただきありがとうございます」
 あわててそれだけの言葉を繰り出すと夢男を真似てぎこちなく礼を した。
「そんなに鯱ばらなくてもいいのですよ」
  安心させるように言う女王に、真夜はおずおずと心に蟠っていた疑 問を口にした。
「何故、私を招待してくださったのでしょうか」
「そなたは先の新月の夜、流れ星に向かってこう祈りましたね。 『星々の世界を見てみたい』と。あれはわたくしが年に一度流す希望 の星です。その願いは必ず叶えられるのです」
 そういって女王は優美な微笑みを浮かべた。
 そんなことがあったろうか? 真夜は眉根を寄せた。
 よく覚えていないが、宇宙は真夜にとって一つの憧れだった。星空 を眺めながら、宇宙の果てはどうなっているのだろうかと思いを馳せ ることも度々だった。
 しかし。
「不服ですか? そなたの考えていた宇宙の姿とあまりに違っている ので」
「いえ──」
 真夜は曖昧に答えた。
 やはりこれはただの夢なのだろう。だったらつまらない常識に縛ら れることはない。
  そんな真夜の気持ちを見透かしたように女王は言葉を継いだ。
「そなたが知識として知っている宇宙は一つの真理です。しかしここも また真実なのです」
  真夜は夢男に言われたことを思い起こしていた。これを夢と呼びた ければかまわない。しかし、一つの現実であると。
 女王が合図すると玉座の左手にあるカーテンが開いて白いマント に身を包んだ数人の男女が入ってきた。
 彼らは女王の傍らに恭しく控えた。
 女王が立ち上がると、長い銀色の髪を垂らした若い女性がマントを 手に進み出、その肩にかぶせた。
「そろそろ皆の所へ参りましょう」
 女王は真夜に言葉をかけた。
 女王がマントの裾を引きずるように歩きだすと、他の者たちも従っ た。
 真夜もその後に続いた。
 ──女王さまだ。
 ──女王さまがいらした。
 会場のあちこちから花火が打ち上げられた。幾筋もの火球が砕け 散ると、四方にばらまかれ、空を彩る星々となった。束の間その場に 止まって輝き、そして消えていく。
 女王は杯を掲げた。
「皆の者、今宵は年に一度の星祭り。存分に楽しまれるがよい。未来 永劫の輝きのために!」
 ──乾杯!
 人々がグラスを高く掲げ、一斉に飲み干す。
 真夜は夢男の姿を探そうとしたが、人が多すぎてわからなった。
 手持ち無沙汰のまま星屑のシャンペンを何杯も空けた。
 音楽が流れ、ダンスが始まった。
 人々は、パートナーと手をとりあい次々とその輪に加わった。音楽 に乗り、旋回する度に青白い光の粒が撒き散らされる。それが星と なり天へ散っていく。不思議な心奪われる光景が繰り広げられてい た。
 その熱気に当てられたのか頬が蒸気し血液の流れが激しくなって きた。
(酔ったんだろうか)
 火照った顔と頭を冷やそうと真夜は人込みを抜け出した。





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