星祭り(3/3)




 森に続く小道を真夜は歩いていた。
「ここも宮殿の中なのかしら」
  随分と歩いたのか背後の喧騒も聞こえない。かわりにどこからか水 の流れる音がする。その音に導かれるように歩いていくと広い川が 流れていた。
 真夜は川辺に跪くと両手を水に浸した。ひんやりとして気持ちがい い。
 すくってみるとガラスの粒子のようなものが水に混じってきらきらと 輝いていた。よく見ると星のかけらだった。
「すごい」
 この川の水であのシャンペンも造られているのだろうか。
 真夜は川沿いを歩いた。涼しい風が川面を渡っている。両脇に立 ち並ぶ樹木の影を映しながら銀色の流れは果てしなく続いているか のようだった。
 森は濃いブルーの闇を背景に凍りついたような静謐に包まれてい た。薄青い樹木の幹が夢幻の眠りを貪るように浮かび上がってい る。
 真夜は一本の木の下に一人の老人が座っているのに気がつい た。
 老人は両足を前に投げ出したまま幹に背をもたせ掛けていた。瞼 は閉じられ、眠っているかのようだ。
 真夜は老人の傍らを通り抜けようとしてふと立ち止まった。老人は 樹木の色を映し出したように全身が蒼白だった。
「あの……どうかしたんですか。風邪を引きますよ」
 真夜はそっと声をかけた。
 老人はうっすらと目を開けた。
「気分でも悪いんですか。お水を持ってきましょうか」
 老人はぼんやりと真夜を見つめていたが、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとう、娘さん。いいんじゃ。わしゃ、もうすぐ寿命が尽きるんで な。ほっといてくれ」
 真夜はどう答えていいのかわからなかった。
 他の人々が年に一度のお祭り騒ぎをしているさなか、孤独な老人 の存在は一層哀しいものに思えた。
「ここでは望めば何でも実現するんじゃないの? 道に迷ったけど、 ここが見えたら一瞬でくることができたし。パジャマをこのドレスに変 えることだって。──あのシャンペンを持ってきましょうか」
「命ばかりはどうにもならんのじゃよ。わしらは非常に長生きじゃが、 これも宿命なんでな」
 真夜は黙って老人の顔を見つめていた。
「あんたが悲しむことはない」
「ごめんなさい。お邪魔して」
  真夜は目を伏せた。
「いいんじゃよ。祭りを楽しみなされ。わしも毎年踊ったものじゃ。しか し今年はもう星の一かけらも生むことはできん」
 老人は顔をあげ真夜に目を据えた。
「なあ、娘さん」
「はい」
「行って、わしのかわりに星を生んでくれんか」
「私にできるでしょうか。私はただの人間です」
「人間?」
「はい。招待されたんです」
「そうか。ここで人間を見るのは何年ぶりじゃろう」
 独りごちるように言うと、老人は微笑みを浮かべた。
「大丈夫。ここへ来れたんじゃから、できるさ。さあ、行きなされ」
 老人に促され、真夜は祭りの宴に戻ることにした。
 後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、老人は小さく手を振ってい た。次に振り向くと最初に見たときと同じく瞼を閉じ静かに座ってい た。つい先程言葉を交わしたことすら本当だったのか、その姿は蒼 白い結晶のようだった。


 祭りはいよいよ盛り上がっていた。しかしあの老人と言葉を交わし たあとではこの星生みの踊りもなんだか哀しいものに思えてならなか った。
 何故、星を生むのだろう。
 こんなにもたくさん。
「どうしたんだ」
 突然声をかけられ、真夜ははっと振り向いた。
 夢男が立っていた。
 真夜は夢男の顔を見ると、ほっと何かが緩むのを感じた。何もかも ぶつけてしまいたいという衝動が突き上げてくる。
 真夜は視線を踊りの興じる人々に移すと呟くように言った。
「なんで星を生むのかな……」
 振り向くと、青い瞳と視線がぶつかった。
「そんなことが気になるのか」
「そんなことって何よ」
 むっとする。自分だってここの人たちの一員なくせに。
 さらに言い募ろうと口を開きかけたとき、ふいに音楽が止んだ。
「どうしたのかな」
  ざわめきが広がり、次いで針のような沈黙が訪れた。
 人垣が割れて、一人の男が歩いてくる。ずばぬけた長身に闇のよ うな黒いマントを纏い、頭髪は銀星宮の光を受けて青く輝いている。
 恐ろしいほどの美貌だったが、男にはどこか孤高の影があった。 人々は男を恐れているようだった。
「誰?」
 小声で夢男に尋ねるが返事はない。振り向くと夢男は強張った顔 で男を見据えている。
 真夜は艶やかな女王へと目を転じた。銀髪の女性が何か不満を漏 らしたようだったが、女王はそれをたしなめた。真夜の耳にもその声 が届く。
「あのお方がいらっしゃるからこそ、わたくしたちは命を輝かすことが できるのですよ」
 女王は進み出ると男を迎えた。
「ようこそ。わが君。あなたさまがおいでくださったのは何年ぶりでしょ うか。もっともあなたさまはどこにいらしてもわたくしたちもことは何も かもご承知でしょうが」
 女王の言葉に男は黙って口許を反らした。微笑み、とかろうじてわ かるようなものだった。それは真夜に先程見た青白い結晶でできた 森閑とした森の木々と静謐な空気を思い起こさせた。そしてあの老 人のことをも。
 胸の奥に寂しくやるせない思いが沸き上がってくる。
 視線に気づいたのか、男は真夜に顔を向けた。
 真夜は切っ先を向けられたような気がした。経験したこともない衝 撃が身内を走る。
  まっすぐ見据える黒い瞳には魂を奪うような不思議な力があった。 目を反らすこともできず真夜はその眼差しに囚われていた。
「彼女はわたくしの賓客ですわ。ダンスを申し込まれてはいかが?」
 女王の声が遠くに聞こえる。
 身体は身動きもできずその場に釘付けにされたまま、心は男の瞳 の中に吸い込まれていた。
 夢幻の世界が広がる。
 真夜が見たのは闇だった。何もない空間が無限に続く。一雫の光 すらない暗黒。過去も未来もない。凝固した永遠、即ち無──。激し い恐怖と孤独に襲われ、真夜は叫んだ。
 ──寂しすぎる。
 その想いが結晶したように、星が生まれる。その数は無数に増えて いくが全ての闇を覆い尽くすことはできない。
 そして、一つ二つと寿命のつきた星が燃え尽き、ゆっくりと分解され ていく。そしてまた星が生まれる。
 めくるめくような光景を前に、真夜は思い起こしていた。
 宇宙が静寂と死の世界で、この地球だけが美しく生命に満ちている のだとしたら、この世界こそ夢なのではないか。
 それは初めて宇宙というものについて学んだとき、真夜の心に浮か んだ、漠然とした恐怖にも似た迷夢。
 ──わしのかわりに星を生んでくれ。
 老人の声が聞こえる。
 ──人が夢を見るように、僕等は星を生むのさ。
 夢男の青い瞳が語りかける。
  ──星は夢のかけら。生命の輝き。
  女王が優美に微笑する。
 ──それも闇あってこそ。
  銀髪の侍女がくすくす笑いをする。
 仮装姿の人々が笑いさざめきダンスに興じている。

  気がつくと男が目の前に立っていた。
 優雅に礼をして片手を差し出す。
 戸惑いながら、真夜はその掌の上に白い自らの手を重ねた。
 黒いマントに包み込むように男は真夜の手を取った。
 音楽が始まる。
 男のリードに従ってステップを踏む。驚く程なめらかに動くことがで きる。身体に羽根が生えたようだった。
 リードされるまま音楽に乗って軽やかに旋回する。と、真夜の身体 から露を払うように星が撒き散らされた。
 真夜は目を見開いた。
 そんな真夜を男の黒い瞳が見つめている。
  旋回するたびに真夜の身体から天を埋め尽くそうとするかのように 星が生み出される。
 しかし、その多くは天にとどまることなく流れ消えていく。
 男の黒いマントにも無数の星屑が張りつき明滅を繰り返す。
 真夜は確信していた。
  あの老人は死ぬだろう。
 しかし、再び生まれるのだ。
 星は死に分解され、その構成物質が再び集まり星が生まれるのだ と、真夜は知識として知っているではないか。
 だったら……。
  真夜は考えた。
(私が星を生むのはなぜだろう)
 あの老人に頼まれたから。
 そして──
(たぶん、このひとがとても寂しい目をしているからだ)
 それはまた人である真夜自身のためでもあった。
 星が夢のかけらなら、生まれては消え消えては生まれるのが両者 なら──人はくめども尽きない夢を見つづけることができる。たとえ 一つが費えても、誰かが無くしても、あらたな夢が生まれ、誰かがそ れを引き継いでいくのだ。
(そうやって、すべての闇を覆い尽くすほど天に星を輝かすことがで きたら、このひとは寂しくなくなるのだろうか)
  女王が夢男を伴って踊りはじめる。
 人々が輪をつくり、真夜たちを囲むように踊りはじめた。
 生み出された無数の星が夜明け前のような透明な青い空に撒き散 らされる。あるものは新星となり、その他は星の川へと流れ落ち、あ るいは人の夢の中へと滑り込む。しかし多くはただ消えていくのだ。


  その夜────、晴れた地域では数多くの流星が見られた。




END




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