天使の住む都市 8


    8

「あれ、エド」
 ダウンタウンの通りを急ぎ足で歩いていると、呼び止められた。
「ミーシャ」
 懐かしい顔が目を見開き、微笑みかける。
「奇遇だね。元気? どうしてるの」
「聖ラファエル学園に通ってるんだ。寮もあるし」
 俺は結局スノードロップへは行かなかった。
 マリーンにラファエル・シティで暮らすと言うと「あなたがそうしたい なら」とあっさりしたものだった。
「遊びに行くところ?」
「ううん。バイト」
 ミーシャの問いに首を振る。
「そっか。俺、バーニング通りの『コモン・ハウス』で働いてるんだ。 小さなイタリアンレストランだけど、よかったら寄ってよ」
「ありがとう。行くよ。今は時間がないから、またね」
 手を振って別れる。
 ダウンタウンの通りを歩いていると、ビルの隙間から市庁舎が見 える。
 天使たちのホログラムは一時廃止の方向に傾いたが、市民や観 光客の要望で結局存続されることになった。塀の中で前市長も喜 んでいることだろう。
 角を折れると、薄暗い狭い通りに面して古いビルが立っている。 その四階の窓に『フレイザー探偵事務所』の文字がある。
 入口を潜ると、エレベーターではなく階段へ向かう。体を鍛えるた めに階段を利用するように言われているのだ。
(単なる意地悪という気もするけど)
 腕時計を見る。ミーシャと話したので時間を取られてしまった。足 を早める。
(少しでも遅刻するとうるさいからな)
 エレベーターに乗ればよかったかもしれないが、待ち時間を思うと そう変わらない。
  マクシムはどうあっても俺が決心を変えないと知ると、仕方ないな と肩をすくめながら、俺が十六歳になるまでのオーリスでの身元引 受人になってくれた。
 その傲岸不遜で根性悪な態度は相変わらずで、あのとき俺が感 じたのは、やはり子供の感傷にすぎなかったらしい。それがわかっ て魔眼の効力も徐々に薄れたけれど、それでも俺はここで暮らそう と思う。
  住めば都ってやつだ。
  ラファエル・シティは天使の住む都市だ。悪魔も若干いるけど。
 だけど、それはどこだって同じだ。
 四階へつくと、すぐに扉がある。息を整え、軽くノックし、中へ入 る。
「7秒遅刻だ」
  冷ややかな言葉が耳を打つ。
 身元引受人であり雇い主でもあるミラーグラスの悪魔が、窓際の デスクに座って俺を迎えた。

<了>



 

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