イヅル
イヅル
イヅル
彼方は何時から僕の事をそういう風に呼ぶようになったんですか
僕は
何時から…?
何時から僕は 彼方にそう呼ばれるのがイヤになったんだろう
+苦痛+
昨日の朝は土砂降りだった。
けれど今朝は、馬鹿みたいに快晴。
朝早く目を覚ました吉良イヅルは、淡い灰色の羽織を羽織って外に出た。
廊下を鳴らす事もせずに歩き、奥の曲がり角までつくと辺りを見回した。
今朝の夢見は悪かった。
ソレは今朝だけの事じゃないけれど。
見回しても誰もいないので、回れ右をし、自室へと戻る。
仕事の時間はまだ来ない、まだ早い。
誰もいない。まだ早い。
だから不安になる。
「あー…あ、でるでる。」
小さくも大きくも無い声を発するのは、今朝もまだ声が出る核心がなかったから。
ソレは少し可笑しい考えだけれど、誰もいない空間で、
まるで取り残された感覚を覚えてしまうと、不思議と声を無くすのでは?
もう声は出ないのでは?そう、思ってしまう。
「そろそろ…」
自室の障子をあける。音はたたない。
「…着替えなくちゃ」
障子を閉めながらポツリと呟く。
その声は誰に届くでもなく
その声は部屋に留まる訳でもなく
その声は、声が出るという安心感さえ、与えずに
刻一刻と近づく、苦痛の足音を感じさせるだけだ。
バン。
まず響く音。
「イヅルー。」
次に部屋に響くは三番隊隊長、市丸ギンの美声。
プラス、何が嬉しいのか、嬉々とした笑み。
狐眼が足されたその笑みならば、きっと、どんな女性で有ろうと振り向くだろう。
けれど、イヅルには美声かどうかなど、もうわからなくなっていた。
否、関係自体なくなっているに等しい。
日常茶飯事。
そう呼ぶにはふさわしい事かも知れない。けれど迷惑。されど美顔。
揺れる心
痛む身体
何処が痛いのかが解らないから余計に苦しい
「隊長、仕事をしてください。」
以前ならば、ココでまず顔を上げ一礼してから発していた言葉を、
今では顔さえ上げず、席から立つ事も無く、書類に目を通しながら言葉を発する。
「冷たい」
結構です、隊長。
…ああ、痛い。
市丸はイヅルの言葉に耳を貸そうともせずに、近くにあった椅子に腰掛ける。
そのままぼーとしながら天井を眺めた。何も考えていないわけではない。
ちゃんと考えては、いるのだ。ただ、それを表情に出さずにいるだけであって。
時折、墨を擦る音と、筆が紙を擦る音が響く。
多分、あまりに室内がシンとしているせいであろう。
天井を眺めながら思うは、吉良イヅルの事。
最近妙に余所余所しい。
チッチッチッチッ…
無駄に大きく室内に響く時計の音。
この時計は何時からココにかかっているのだろう?
今一覚醒してない頭でじーと時計を眺めながら思う。
何をするでもなく、ただ、ひたすら時計を眺める。
見覚えはある。
それはそうだ。ほぼ毎日眺めてるのだから。
けれど、ソレとはまた違う…何か、別。
仕事が人段落ついたのか、イヅルはふと、顔を上げ、市丸の方を見る。
目に入るは時計を凝視する彼の顔。
何をしてるんですか。
溜息が零れそうになる。
そんな事に費やす時間が有るのなら、仕事をしてくれれば、皆が困らないのに。
市丸は時計に見入り、イヅルは市丸に見入り。
お互い、何を考えるでもなくソレでも時間は過ぎ行く。
その沈黙を壊すようにガタと音を立てイヅルが立ち上がる。