「市丸隊長、本日の仕事の事ですが…」

ダメ元で話し始める。
兎に角話さないことには、無駄に時間が過ぎ行くだけで、仕事は貯まるばかり。
貯まってなど欲しくない。只でさえ苦しいのに。
「市丸隊長」
なのに彼は見向きもせず、未だに時計に見入っている。
何をそんなに気にすることがあるのだろう?ごく、普通の時計のはずなのに。
けれど、その時計はイヅルにとっても少々不思議なものであった。
たしか、凄く大切な時計だと思う。なのに、何時からここにあるのかが思い出せない。

また、疑問が増える。

時計の事。

夢見が悪い事。

何処が痛むのかさえわからない身体の苦痛。

判らない事だらけに、おまけされる市丸の行動。

何時からか、彼にイヅルと呼ばれるのがイヤになった。

なのに、何故イヤなのかがハッキリしないから、
彼にその事を打ち明ける事さえできないでいる。


「市…」
丸隊長。
そう言おうとした瞬間、「あっ!?」という市丸の大きな声で言葉を遮られた。
何なんだ、一体。
疲れはたまる一方で、
隊長は自分勝手で、
夢見は悪くて、
身体は痛くて。
何もかもがイヤになる。
なのに、何も投げ出せずにいる自分自身に腹が立つ。
「コレ」
市丸が指差すは、問題の時計。
その時計が何だと言うんですか、隊長殿。何を考えてるのか解らないその顔が…
「ボクが入隊祝いであげた時計やろ?」
「…え?」

驚くよりも先に、苦しくなった。

何を考えているのか解らない、彼方の笑みを見るのが苦しい。
それよりも、彼方に貰ったという事実を忘れていた自分に腹が立つ。

言われて初めて気づいた。
何時から有ったのか解らないその時計は、
自分が入隊したその日から大切に大切にしまっておいて、だから、忘れていた事実。

「あの…」
「忘れとったん?」

変らぬ笑みで市丸は首をかしげた。
違うんです!つい言いかけるその言葉。
どうしてそうやって、言い訳をして誤魔化そうとするんだろう?
それがわからないからまた苦しい。痛い。身体中が。
徐々に何か、何か得体の知れないものに蝕まれる。

「……済みませ」
「ええけどな。別に」

済みません。
その言葉さえ言い終わらせてくれないまま、冷たい言葉が返ってくる。
今までに無いくらい、痛くて、苦しくて、訳がわからない。

何で僕だけ…。

イヅルはぎゅっと掌を握り締めながら、俯く。
それこそ、血が流れ出しても可笑しくないほどに。
握り締めた指先は、爪先は、色素の薄いその肌を、さらに白く、
ソレこそ透き通るほどに白くしていた。

「んなに、高いもんでもあらんし」
ぽんと頭に掌を乗せられる。
見上げなくちゃ見えないその顔は俯いているから、余計に見えない。
けれど、わからない。彼が歩み寄ってくるのにさえ、気づけなかった。
それどころか、こんな行動に出るとも思わなかった。
そんなに、そんなに僕は、子供のようなのだろうか?
そう思わずに入られない市丸の行動に、イヅルは胸が締め付けられる思いでいっぱいになった。
また痛みが走る。ヅキヅキと。なのに何処が痛むのかがはっきりしない。
どうして苦しいのかも、ハッキリしない。
「ほな、ボク、帰るわ」


隊長。

そう呼ぼうとして顔をあげたときには市丸は既に、障子の外に立っていて。
その姿を見たとたん、何故呼び止めたいのかが解らなくなった。
「市丸隊長。」
なのに口は、彼の名を呼ぶ。
「なんや?イヅル」
変る事の無い笑みを浮かべながら、僕の名を呼ぶ。
その仕種がイヤだ。その声がイヤだ。
ソレよりも何よりも、自分の行動に説明をつけることさえ出来ないでいる僕が一番イヤだ。
「なぁ、イヅル。なんなん?」
軽く首を傾げるその仕種に、余計に胸を締め付けられる。
呼び止めた理由もわからない。
だから、無理に、でも、何かを言わなくちゃイケナイ。そんな気がする。

「…仕事、を、してください」

だから、口から出た言葉はコレ。
ああ、僕はコレしかいえないのか?もう少しマシな事は…。
イヤ、コレも必要な事。なのに…、解らない。
「わかっとるよ。」
気のせいだろうか?一瞬、酷く嫌そうな顔をしたのは。
「ほなな、イヅル」
「……はい」
トン…。帰りは静かに閉められた障子の音は小さく室内に響いて、
消えることなく、イヅルの耳に残った。
痛みの発信源はまだわからないでいるまま。
けれど、苦しいのは胸。どうしてかはわからないけれども、
市丸隊長が名前を呼ぶと、胸が苦しくなる。近づかれる、触れられる、話し掛けられる。
たったそれだけ。なのに、馬鹿みたいに胸が苦しくなる。それこそ、病気のように。
「市丸隊長…」
彼方が痛みと黒しみの元凶なのに
「…痛いんです」
彼方から離れる事が出来ない。
理由がわからない。けれど、なぜか離れられない。
苦しいのは解っているのに、まだまだ痛くなるだろうに。
苦痛を伴うのも解っているのに。
何故だか、もう少し、後少しで、その痛みと苦しみの訳が解りそうで、
だから、離れられないのかもしれない。
室内の真中でうずくまるイヅルには、閉じた障子の隣で、市丸が細く、
笑みを噛み締めた事はわからない。
けれど、そのときの市丸の笑みは、本物。


「ボクは、知っとるよ…」


小さく呟き、そのまま長い廊下を歩む。
意味深な言葉を、風にだけ聞かせ。
届く事のない、言葉を風に乗せる。

イヅル

彼方にそう呼ばれるのがイヤだ。
どうしてかなんてわからない。
けれど、イヤなんだ。

苦しくて
苦しくて 苦しくて

なのに
それでも離れられない

それは

きっと…


お願いだからそう呼ばないで

今日もまた、訳のわからない苦痛に悩まされる。
元凶だけが、解る苦痛。

痛い。




私の肩が痛いよ。 はい、長々と済みません。よ、読み辛い?スミマセンΣ(゜Д゜; ギンさんだけが知ってるイヅルの苦痛の原因。 コレは後々、別のお話で解りますよ。 一応は始めの始め…なのかな? ギンイヅの恋愛編では、まだ無いです。一方的な片思い。かと思えばそうでもない。 ギンは、確信犯。 イヅルはギンに片思いしている事にさえ気づかないまま、訳もわからず苦しむだけ。 まあ…二人の恋の始めの始め、ですね。 コレが、私のイメージ。 時計は特別出演。私が好きなんです。時計が関係する思い出。 素的でしょ? 二人の簡単にはコマの進まない恋愛。 見守っていただければ、恐縮です。 では。
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