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世界ゾンビー大全

映画史における最初のゾンビー登場は1932年の『恐怖城』(ビデオ化名「ホワイトゾンビー」)と古く、早くから恐怖映画のジャンルでは活用されていたが、これは邪悪な魔道士が利用する一種のゴーレムであった。ゴーレムといっても石や木ではなく死体を使ったゴーレムという考え方、すなわちブードゥーのゾンビーであり、能動的な活動は出来ず、劇中においても恐怖を盛り上げる脇役的存在となっている。
1960年代中盤までゾンビーノ登場する映画は多数作られたが、主たる悪役はあくまでも邪悪な魔道士であり、ゾンビー自体は脇役である。そのため、吸血鬼や狼男、ミイラといった恐怖映画の主役と比べ、マイナーな存在であった。
しかし、近年においてゾンビーは人気モンスターとなっている。それは「疲れ知らずの労働力」としての姿ではなく、「人間に敵対するモンスター」と位置付けられた、新しいゾンビーノ姿が描かれるようになってからである。その多くは明確な意思を持たず、他者の操作や生前の生物的な本能などに従って行動するが、肉体的には朽ちつつも自我を持ち自由に活動する例もある。
このゾンビー像を決定づけたのは、1968年のジョージ・A・ロメロのアメリカ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』である。この作品でロメロはブードゥー教のゾンビーに吸血鬼の特徴を混ぜ込み、新たな恐怖の対象である「生ける死体」を作りあげた。後発のゾンビーはほとんどがこの「ロメロゾンビー」の影響下にある。ロメロ自身の手になる続編『ゾンビー』は各国で公開され、これによって世間に「ゾンビー」という言葉が普及した。
上述のようにゾンビーは爆発的に犠牲者を増やすため、「人類よりもゾンビーノほうが多いという終末的な状況下で、なんとか生き延びようともがく人々の姿」を描く作品となる事が多い。 このスタイルの原点は、リチャード・マシスンによる終末SF『地球最後の男』である。同作は「吸血鬼による人類の滅亡と主役の交代」というプロットだが、『ゾンビー』においては「やがて全生物が死滅し、最終的に地球は死の星となる」とされている。
なお、ジョージ・A・ロメロ自身は「1968年の映画を撮影していた段階ではゾンビーではなくグールと呼んでいた」と語っている。
SF作品において“化学薬品等の影響によるゾンビー化”という設定は以前より存在したが、近年では呪術や魔法的な手法ではなく、科学実験や特殊なウィルス感染、或いは寄生虫によりゾンビー化するという設定が主流になりつつある(疑似科学を取り入れる事により、恐怖の源をより身近に、ある程度のリアリティーを持って表現できるためと考えられる)。これらの作品には、パンデミックという形で被害が拡大するパニック物の様相を呈するものも多い。
一部ではこれらのゾンビーをブードゥーのゾンビーと区別するために、ロメロの映画に倣ってLiving Dead(リビングデッド)と分類・呼称している。このタイプには人間以外のゾンビーも存在し、「腐りかけた肉体を持つ動物が人間を襲う」等の描写も登場する。作品によって細部は異なるものの、全般的なゾンビーノ特徴として、「あまり複雑な動きはできず、動作は緩慢」「頭部や背骨を破壊されたり、燃やされると活動を停止する」「ゾンビーに外傷を負わされることにより、負傷者がゾンビー化する」などが挙げられる。
過去、長編や長尺の和製ホラーにはあまり登場しなかったゾンビーだが、近年では『SIREN』や『屍鬼』など、日本の文化・社会に持ち込んだ作品も生まれている(ただし『屍鬼』の場合、純粋にゾンビーノみの設定ではない)。

起源

ゾンビーは「生ける死体」として知られているが、元来は「お化け」や「妖怪」など『視認できる物の怪全般』を指す。ヴードゥー教のルーツであるヴォドゥンを信仰するアフリカ人は霊魂の存在を信じているが、こちらについては「目に見えないもの」として捉えている。 「ゾンビー」は、元はコンゴで信仰されている神「ンザンビ(Nzambi)」に由来する。「不思議な力を持つもの」はンザンビと呼ばれており、その対象は人や動物、物などにも及ぶ。これがコンゴ出身の奴隷達によって中米・西インド諸島に伝わる過程で「ゾンビー」へ変化し、対象も「不思議なもの」から「妖怪」へと変わっていった。

伝統的な施術

この術はヴードゥーの司祭の一つであるボコにより行われる。ボコの生業は依頼を受けて人を貶める事である。ボコは死体が腐り始める前に墓から掘り出し、幾度も死体の名前を呼び続ける。やがて死体が墓から起き上がったところを、両手を縛り、使用人として農園に売り出す。死体の魂は壷の中に封じ込まれ、以後ゾンビーは永劫に奴隷として働き続ける。
死人の家族は死人をゾンビーにさせまいと、埋葬後36時間見張る、死体に毒薬を施す、死体を切り裂くなどの方策を採る。死体に刃物を握らせ、死体が起き出したらボコを一刺しできるようにする場合もあるという。
しかし、名前を呼ばれた程度で死体が蘇るはずもなく、農民達による言い伝えに過ぎない。現在でも、ヴードゥーを信仰しているハイチなどでは、未だに「マーケットでゾンビーを見た」などの話が多い。また、知的・精神的障害者の様子がたまたま死者に似ていたケースを取り上げ、「死亡した人がゾンビー化される事例がある」などとされることもある。

ゾンビー・パウダー

実際にゾンビーを作るにあたってゾンビー・パウダーというものが使用される。ゾンビー・パウダーの起源はナイジェリアの少数民族であるエフェク人やカラバル人にあるとされる。西アフリカ社会では伝統的な刑法としてこの毒が用いられており、これが奴隷達により西インド諸島に持ち込まれた。一般に『ゾンビー・パウダーにはテトロドトキシンが含まれている』と言われている。この毒素を対象者の傷口から浸透させる事により仮死状態を作り出し、パウダー全量に対する毒素の濃度が丁度よければ薬と施術により蘇生し、濃度が高ければ死に至り、仮死状態にある脳(前頭葉)は酸欠によりダメージを負うため、自発的意思のない人間=ゾンビーを作り出すことが出来る。ゾンビーと化した人間は、言い成りに動く奴隷として農園などで使役され続けた。
これらは民族植物学者、ウェイド・デイヴィスが自著で提唱した仮説であり、実際は事実に反する事項や創作が多く、例えばゾンビー・パウダーに使われているのはフグの仲間であるハリセンボンと言われるが、ハリセンボンはテトロドトキシンを持っていない。また、テトロドトキシンの傷口からの浸透によって仮死状態にするという仮説には無理があるとの指摘もある。

実情

『ゾンビー化』とは、嫌われ者や結社内の掟を破った者に対し、社会的制裁を加えるための行為であり、この場合の『死者』とは生物的なものではなく、共同体の保護と権利を奪われる、つまり“社会的な死者として扱われる”ことであると、ゾラ・ニール・ハーストン(w:Zora Neale Hurston)やアルフレッド・メトロー(w:Alfred Metraux)等の人類学者は、ゾンビーに関する研究の早い時期から論じていた。
イギリス人の人類学者、ローランド・リトルウッド(Roland Littlewood)はハイチに渡って詳細なるデータを取り、ゾンビーノ存在を全否定している。「マーケットに死んだはずの息子がゾンビーとなって歩いていた」と言って、ふらふら歩いている人物を自宅に連れ帰った父親の報告があり、その息子とされた人物を医学的に検査したところ、死んだ形跡が全くなかった。また、その人物には知的障害があり、DNA検査によって父親と親子関係のない他人の空似だったことが判明した。その他にも同様に、他人の空似のケースばかりであったことが報告されている。(1997年)

世界のゾンビー(中国)〜キョンシー〜

もともと中国においては、人が死んで埋葬する前に室内に安置しておくと、夜になって突然動きだし、人を驚かすことがあると昔から言われていた。それが僵尸(?屍)である。「僵」という漢字は死体(=尸)が硬直すると言う意味で、動いても、人に知られたり、何かの拍子ですぐまた元のように体がこわばることから名付けられた。
ミイラのように乾燥した尸体は中国でも出土しているが、これは「乾屍(かんし、コンシー)」と呼び、(妖怪としては)下位分類あるいは別種として区別される。僵尸となると尸体であるにもかかわらず一切腐敗せずに生前同様にふっくらとしていて、髪の毛も長く生えている。性格は凶暴で血に飢えた人食い妖怪である。さらに長い年月がたつと、神通力を備えて、空を飛ぶ能力などももつとされる。清朝の野史である『述異記』も湖南省の村で出たという記録を残しているが、伝説の域を出ない。
中国湖南省西部よりの出稼ぎ人の遺体を道士が故郷へ搬送する手段として、呪術で歩かせたのが始まりという伝承があり、この方法を「?屍(かんし)」と称する。清の徐珂『清稗類鈔』方伎類の「送尸術」では、貴州省の材木商人が林業従事者の死体を運ぶ際、先導する者と、加持符咒した水を満たした椀を持った者に付き従わせて家まで送るという。
文学作品としては明代から清代にかけて多くが存在するが、有名なものでは袁枚の『子不語』や紀暁嵐の『?微草堂筆記』、『聊斎志異』1巻尸變のような清代の志怪小説がある。また、『西遊記』でも?屍(僵尸)が登場し一行に三度おそいかかる。2度偽の死体を残し逃げ去り3度目に孫悟空の如意棒に倒され、背骨に白骨夫人という名をもつ正体をあらわした。
日本では1980年代後半から『霊幻道士』、『幽幻道士』等の映画作品が多く公開されて知られるようになり、関連商品が販売されるなどの流行を見せた。「キョンシー」という呼称は、『霊幻道士』の当時の映画配給会社、東宝東和の菅野陽介によって命名された。

世界のゾンビー(欧州)〜吸血鬼〜

一度死んだ人間が蘇ったもの、生きているもの、幽霊のように実体が無いもの、魔女、精霊や妖怪などの人間でない存在、狼男、変身能力を持った人間、吸血動物、睡眠時遊行症者が該当する。
古くから血液は生命の根源であると考えられており、死者が血を渇望するという考えも古い。例えばアステカでは人間の心臓と血液を捧げる血の儀式があり、キリスト教では血が神聖視され、古代ギリシャに書かれたオデュッセイアでは、オデュッセウスが降霊の儀式を行う際に生け贄の子羊の新鮮な血を用いるくだりがある。このようなイメージが吸血鬼を生み出したと考えられる。
吸血鬼伝承の形態は、全ての民間伝承がそうであるように地域や時代によって一定しないが、一度は葬られた死者が、ある程度の肉体性を持って活動し、人間・家畜・家屋などに害悪を与えるという点では、おおむね一致している。
死者が吸血鬼となる場合は、生前に犯罪を犯した、神や信仰に反する行為をした、惨殺された、事故死した、自殺した、葬儀に不備があった、何らかの悔いを現世に残している、などの例が挙げられる。また、これらの理由以外にも、まったく不可解な理由によって吸血鬼になることもあるとされた。そのため吸血鬼の存在が強く信じられた地域では、墓に大量の黍を捲く、にんにくを置く、茨を置く、一定期間墓の周りで火を焚き続ける、などの予防措置がほぼ全ての死者に対して行なわれた。
吸血鬼がその活動によって与える害悪としては、眼を見る・名前を呼ぶ・何らかの方法により血や生気を吸うなどの手段により人を殺す、家畜を殺したり病気にする、家屋を揺さぶる、生前の妻と同衾し子供を産ませるなどの例がある。
ドイツでは胞衣を纏ったまま生まれた者は死後ナハツェーラーと成ると言われる。ヨーロッパにおいて吸血鬼伝承の多くが残る地域はバルカン半島のスラヴ人地域であるが、伝承そのものは、ほぼヨーロッパ全土に存在し、東はアナトリア半島・カフカス・ヴォルガ川沿岸地域にまで確認することが出来る。ギリシャのラミアーは、ラテン語に入ってから女吸血鬼を意味するようにもなった。またロシアではウプイリという、人間の顔をした巨大コウモリ(美男や美女に変身できる)が伝承されている。
スラブの人々は4世紀ごろには既に吸血鬼の存在を信じていた。スラヴの民話によると、吸血鬼は血を飲み、銀を恐れる(ただし銀によって殺すことはできない)とされた。また首を切断して死体の足の間に置いたり、心臓に杭を打ち付けることで吸血鬼を殺すことができると考えられていた。
現在の吸血鬼に対する考え方は古代ルーマニアから続いているものである。古代ルーマニアは古来からの宗教や文化が、キリスト教やスラヴ民族と混ざりあう過程を経験した。異なる宗教と文化における矛盾、外からの人々の流入により新たな疫病が持ち込まれ不可思議な死が増加したことに対する答えとして吸血鬼伝承が生まれたと考えられている。この民話では吸血鬼によって殺された者は吸血鬼として復活することになっており、何らかの手段で殺されるまで新たな吸血鬼を増殖させることになる。この段階では吸血鬼は知性のない動物のような悪魔として扱われている。
カトリック教会地域における吸血鬼伝承は12世紀ごろから急激に消滅し、それ以降「夜間活動する死者」の伝承は、肉体性をまったく持たないもの、すなわち日本語で言う幽霊のようなものへと変化している。キリストの復活を重視するローマ教会としては、それ以外の死者の復活を許容できなかった。また、東ヨーロッパやバルカン半島においては、ヴルコラク、ストリゴイ、ヴコドラク、クドラクなど様々な吸血鬼伝承が存在している。
ルーマニアで最も一般的な吸血鬼はストリゴイ(自殺者、犯罪者、魔女、吸血鬼に殺された者、七番目の息子、猫に飛び越えられた死体、片思いの末に結婚出来ずに死んだ者が成る)である。同地のノスフェラトゥは、私生児の親から生まれた私生児が死後成ると言われており、またノスフェラトゥから生まれた子供はモロイという生ける吸血鬼に成るという。ブルガリアではウボウル・ヴァピール・ヴルコラク、ポーランドではウピオル、ロシアではウピルが知られている。

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